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リゾート型温泉が人気!【昭和2年の人気温泉ランキング】

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リゾート型温泉が人気!【昭和2年の人気温泉ランキング】"

人気温泉ランキングは温泉好きなら気になるところですが、温泉地や温泉宿に何を求めるかは人それぞれ。時代によっても旅のスタイルのトレンドが変わり、人気温泉地や温泉宿のランキングも変化しています。昔はどんな温泉が人気だったのでしょうか。人気温泉を知る手がかりとして、昭和2年に発表された「新日本八景」、昭和5年に国民新聞社から発表された「全国温泉十六佳選」があります。このランキングにでてきた温泉地を紹介します。

新聞社の販売促進活動として行われた「新日本八景」

昭和2年、東京日日新聞と大阪毎日新聞が主催し、鉄道省の後援によって「新日本八景」の選定が行われました。全国の名勝地の中から、山岳、渓谷、瀑布、温泉、湖沼、河川、海岸、平原の8部門の代表を1つずつ選ぼうというものです。

当時は、新聞の販売促進活動として、読者の関心をひく特集がたびたび行われていました。「新日本八景」の選定企画もそのひとつ。また、全国的に交通網の近代的な整備が進められてきた時代だったので、鉄道省としても全国の名勝地に注目を集めて、国内交通の需要を高めようという目論見があったのではないでしょうか。国策としても、風景や温泉の魅力を国内外に広めることにより、国威発揚や地方産業の繁栄につなげようとする意図もあったと思われます。

選定に際し、まず、約1カ月にわたり一般からのハガキ投票が行われ、各部門10位までの候補が決められました。このとき、すでに定着している日本三景(松島、天橋立、宮島)と富士山、それに後楽園や錦帯橋など人工物による景観は除外されています。最終的には、投票によるランキングとは別に、新聞社が選んだ文人や画家などの文化人によって決定されました。

新八景は得票数に関係なく選ばれました。海岸部門は高知県の室戸岬、湖沼部門は青森県・秋田県の十和田湖、山岳部門は長崎県の温泉岳(雲仙岳)、河川部門は愛知県の木曽川、渓谷部門は長野県の上高地、瀑布部門は栃木県の華厳滝、平野部門は北海道の狩勝峠、そして温泉部門は大分県の別府でした。

温泉部門の得票ははがきの投票結果を見てみると、
1位花巻温泉
2位熱海温泉
3位山中温泉
4位和倉温泉
5位三朝温泉
6位芦原温泉
7位東山温泉
8位片山津温泉
9位伊東温泉
10位別府温泉
11位嬉野温泉
12位俵山温泉
13位温海温泉
14位那須温泉
15位勝浦温泉
16位皆生温泉
となっています。
別府温泉は10位ぎりぎりだったんですね。「新日本八景」の追加として発表された「二十五勝」には、熱海・塩原・箱根、百景には登別・花巻・青根・東山・伊東・山中・和倉・片山津・芦原・三朝・嬉野が入っています。

温泉部門の総得票は1191万票。1位の花巻温泉は突出していて、なんと212万票も集めています。新八景に選ばれることは、当時、選定が進行中だった国立公園の指定にも影響すると考えられていました。温泉部門に限らず、地域の誇りと威信にかけて、県内の名勝地を新日本八景にしたい、有名にしたいという気持ちから投票行動は加熱し、組織票も増えました。箱根温泉は大正12年の関東震災で甚大な被害を受けたため、まだ組織だって対応する余裕がなかったせいか、わずか187票という得票結果でした。投票に熱心な分、選ばれなかった名勝地の不満は大きく、渓谷部門得票1位だった天竜峡の地元では、結果を不服として東京日日新聞の不買運動が起きたそうです。

読者投票だけで選出した「全国温泉十六佳選」

国民新聞が主催する「全国温泉十六佳選」は昭和4年の暮れから5年にかけて行われた企画です。後年、東京新聞となる国民新聞は、規模が小さく関西に販路を持っていませんでした。そのためランキングも東日本が中心となっています。

1位箱根温泉、2位花巻温泉、3位下部温泉、4位日光湯元温泉、5位瀬波温泉、6位古奈温泉、7位老神温泉、8位小谷温泉、9位鬼怒川温泉、10位伊豆長岡温泉、10位玉造温泉、12位熱海温泉、13位二股ラヂオ温泉、14位大室温泉、15位温海温泉、16位川原湯温泉。ちなみに17位増富ラヂオ温泉、18位湯ヶ島温泉、19位芦巻温泉、20位伊豆賀茂温泉でした。1位の箱根温泉で120万票、15位、16位で21万票台。ちなみに別府温泉は約2万票でした。

こちらも観光業関係者や地元の名勝地を1位にしたいという熱意から集票活動が活発に行われました。「新日本八景」では得票数の少なかった箱根温泉も町をあげての集票活動を行い、最終日1日で104万票を上積みしています。集票活動の中心は温泉の経営会社や温泉組合、自治体でしたが、活動資金の寄付などが地元の有力者はもちろん、地元出身者を巻き込んでの大イベントであったようです。

今では名前が変わった温泉地も

画像出典:伊豆長岡温泉 湯めぐりの宿吉春
URL:http://www.izunagaoka-yoshiharu.co.jp/

「新日本百景」や「全国温泉十六佳選」で得票数の高かった温泉の中には、有名ではなくなったり改名した温泉も含まれています。片山津温泉は、1980年代までは北陸有数の歓楽温泉街でしたが、宿泊客の減少により廃業する旅館が相次ぎました。現在は14軒ほどの宿泊施設があり、サイクリングロード建設など若者向けの温泉地として巻き返しを図っています。

俵山温泉は山口県にある個人向けの湯治場で、数少ない国民保健温泉地のひとつ。今でも自炊ができる小規模な宿から、浴衣下駄ばきで外湯に向かうという、昔と変わらない湯治場の姿を保っています。外湯に通う湯治場は全国でも数少なく、貴重な温泉地といえます。

古奈温泉は開が1300年前と歴史ある温泉。明治に開湯した長岡温泉とともに、現在は伊豆長岡温泉として知られています。一時期は男性団体客向けの歓楽温泉町でしたが、今は女性を視野に置いた町づくりをしています。

大室温泉は群馬県にありました。大正15年に利根温泉が開湯した後、その対岸で東京の事業家であったらしい大室氏が大室温泉旅館を開業。一軒宿の温泉で名前を上げるために資金をつぎこんだと思われます。離れを客室とする高級温泉宿の先がけだったらしく、一時は人気となりました。昭和15年には経営者が替わり、その後利根温泉と合わせて上牧温泉という名前になっています。

温海温泉は古くからの湯治場で、今はあつみ温泉と表記されます。1951年の大火によって町の半数が焼失しました。現在の宿泊施設は9軒ほどになっていますが、かしわや旅館のように昭和初年の面影を残す宿もあり、共同浴場や足湯などの新しい施設も増えています。

群馬県の川原湯温泉は八ッ場ダム建設のため移転を余儀なくされました。いずれはダムの下に沈むことになります。現在は高台の代替地で新源泉により数軒が営業しています。

リゾート型温泉の先駆者だった花巻温泉

「新日本八景」1位、「全国温泉十六佳選」で2位だった岩手の花巻温泉の名前が目をひきます。今でも温泉番付に名前があがる温泉地ですが、開業は大正12年。台温泉から引湯してつくられ、投票が行われたときには、株式会社花巻温泉ができたばかりという新興の温泉地でした。

花巻温泉は、温泉と劇場などを組合わせた宝塚を手本として、金田一氏によりつくられた計画的なリゾート型温泉。最盛期には旅館、貸別荘、動植物園、ゴルフ場、テニス場、夜間スキー場、プール、入浴場などがあり、その規模は宝塚をしのぐものでした。当時、宮沢賢治は花巻温泉に理想郷「イーハトーブ」を重ね合わせたといいます。投票が行われた際は、たしかに組織票が大半だったと思われますが、昭和初期の花巻市で、緑豊かな景観を選んで作られた近代的なホテル、庭園、施設はかなりのインパクトだったことでしょう。新しいリゾート型温泉によせる地元の期待が、花巻温泉の名前を全国区へと押し上げたに違いありません。

昭和の恐慌の波で花巻温泉は一時衰退し、戦後は米軍に接収されたこともありましたが、その後復興をとげました。現在は国際興業グループとして4軒のホテルが営業を行っていて、バラ園には宮沢賢治が設計したという日時計が再現されています。周辺の台温泉、金矢温泉などを含めて花巻温泉郷とも呼ばれています。
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