春を彩るさくら餅で俳句も彩る

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日本の春を彩る桜の花。その桜の葉を用いた和菓子があります。桜の葉に包まれた春らしい和菓子が桜もちです。 桜の葉の香りに、もちもちのお餅がとても上品に包まれています。

桜もちは俳句の世界では春の季語として登場します。春の満開の桜の時期を過ぎ、少しずつ桜の花が落ち、葉が落ちる晩春の季語です。

先人が作った芸術でもある桜の葉を使った桜もちは歌の世界でも詠まれており、昔から春を彩り続けていました。 桜の葉に包まれた美しい桜もちの歌にはどのようなものがあるのでしょうか。

『さくら餅 食ふやみやこの ぬくき雨』(飯田蛇笏/山盧集)

この句は「さくら餅・みやこ」という言葉を使って表現されています。 さくら餅を単に食べ物としてだけではなく「みやこ」を入れることによってさくら餅が擬人化され、上品な飯田蛇笏らしい俳句になります。

ところで、さくら餅の「みやこ」とはいったいどこなのでしょうか。

桜餅のみやこは江戸か京か

桜もちは地域によって形や呼び方が違うことはご存じですか?

その昔、和菓子は京で生まれ京から江戸に下っていたと言われています。 次第に京だけではなく江戸でも作られるようになり和菓子も京風・江戸風に分かれていったのです。

和菓子の発祥は京にありましたが、桜餅の発祥は実は江戸だったのです。

さくら餅の歴史を見てみましょう。 江戸時代、徳川八代将軍・徳川吉宗の時代までさかのぼります。徳川吉宗は、隅田川沿いに桜の木を植えさせました。次第にそこは桜の名所になっていったのです。桜の花を見ようと春になると隅田堤は花見客で賑わい、お菓子も売れました。花見客にお菓子をふるまっている時に落ちている桜の葉っぱから桜餅のアイデアを思いつき誕生した和菓子です。

そのあと京にも桜餅が生まれましたが、江戸の桜餅と京の桜餅は少し違っています。

では京と江戸の桜もちの違いはどこにあるのでしょうか。

京と江戸の桜もちの特徴

和菓子の発祥の地・京都の桜もちから見てみましょう。

京都の桜もちは道明寺と呼ばれています。これは道明寺粉という粉から桜もちの餅の部分が作られているからです。この道明寺粉を使って桜もちを作ったことから京都の桜もちは「道明寺」と呼ばれました。

モチモチのお餅を丸く形作り、こしあんのあんこを入れて、桜の葉っぱで包みました。これが京都の桜もちの特徴です。 今でも道明寺というと関西より西ではそれが桜もちのことだと分かるくらい有名になっています。

それでは桜もちの発祥の地・江戸の桜もちにはどのような特徴があったのでしょうか。

桜の名所・向島の長命寺が桜もちの発祥の地といわれています。そのため江戸ではこのお寺の名前からさくら餅を「長明寺」と名付けました。

小麦粉を使い、皮をクレープのように薄く焼きあんこを入れ、桜の葉で巻いています。これが江戸風の桜もちです。長明寺は江戸発祥のもので西側ではあまりこの名前は知られていません。

京と江戸の桜もちの共通点

さくら餅は地域によって特色が大きく変わることがわかりました。ところがどの地域でも共通している部分もあるのです。

京風桜もちも江戸風桜もちも桜の葉を塩漬けにして桜の香りを楽しめる工夫をしています。塩漬けにすることによって桜の葉まで食べられるというのです。

桜の木から取れる葉を何ヵ月も塩漬けしている桜の葉っぱにはかぐわしい桜の香りが漂います。桜もちを食す時には一緒に葉っぱも味わいたいものです。

桜もちにまつわる面白い一句があります。

『葉ごと食べよと桜餅食べる人』(鷹羽狩行/心の地図)

こんな句を見てしまうと桜もちを食べる時には、やっぱり葉ごと食べないと少しもったいなく感じます。桜餅をこんなにもストレートに詠んでいる歌に潔さすら覚えます。

この歌のように俳句は感じたことを感じたままに詠めばいいのです。そうすることによってその時の風景が思い浮かびます。

春を代表する和菓子の桜もちをいつ、どんなシチュエーションで感じ、食したか、それをストレートに俳句の十七音に詠み込めばいいのです。

多くの先人たちが晩春の季語である桜もちで歌を残しています。

『桜もち 草もち 春も半かな』(正岡子規/俳句稿)

桜もちや蓬でできた草もちを食べ、春も終わりに近づいてきたとしみじみ詠みあげています。 ここで登場する『草餅』も春の季語です。桜餅が桜なら草餅は草=蓬でできたお餅で、どちらも晩春の季語です。 桜もちと草餅を二つ並べることで、色彩豊かな世界を導き出しています。

『三つ食へば 葉三片や 桜もち』(高浜虚子/虚子句集)

虚子の俳句もまたストレートです。三つ食べれば桜もちの葉もまた三片になる。虚子の世界観溢れる一句です。

桜もちに込めた思いもやがては特別になる

俳句とは考えすぎず凝りすぎず、感じたままをそのまま詠んで楽しめます。その人その人の世界観があります。やがてその俳句は時がたち詠み返してみた時には情景が思い浮かび、自分だけの特別な俳句になります。

どんな言葉で詠んだ俳句でも、季語と自分の思いを写実的に描いたものであれば、いつしかその十七音は自分にとって特別な俳句というわけです。

花より団子と同じように、桜もちに込めた思いもやがては特別なものになります。

『さくら餅 ともどもかたる よき話』(上村占魚/鮎)

この俳句の上七、下五にもいわゆる占魚の世界観があります。時を経てもこの俳句を詠み返したときに蘇る世界があるのでしょう。そこが俳句の素晴らしいところです。

考えすぎず凝りすぎずストレートに俳句を詠み、十七音の俳句の世界を楽しんでみましょう。
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