西洋画

ピカソなどの個性的な画家からは非常に高く評価されたアンリ・ルソーの代表作

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1910年にこの世から去った後、その絵画の評価が高まっていった素朴家の代表、アンリ・ルソー。画家として活動をしていた当時、批評家からは嘲笑の的となっていたルソーですが、ピカソなどの個性的な画家からは非常に高く評価され、徐々にではありますが世間にその名が広まっていきます。

しかし、生きている間に確かな評価をされることがなく、61歳で死去。その後に、多くの美術評論家たちから注目を集めるようになっていったのです。今回、ここではルソーの代表作を紹介していきます。

風景の中の自画像(私自身、肖像=風景)

ルソーの作風は、魔術的と言われるような、ポップな雰囲気のタッチが特徴です。ルソーが画家として活躍をする前の初期の頃から、すでにこういった作風が確立されていたことが分かるのが、「風景の中の自画像(私自身、肖像=風景)」という作品でしょう。

ルソーが46歳の頃に描いた作品であり、自らの姿を非常に大きく描いているような部分が特徴的であります。

セーヌ川や万博博覧会の雰囲気、どこか独創的な陰影がつけられている雲や空のコントラストが個性的です。それまで、肖像画と背景を融合させるようなことは少なく、とても新しい技法であると思われます。

実は、パレットには亡くなった妻たちの名前が書いてあったり、雲は浮世絵の影響を受けているなど、さまざまな要素が詰まったルソーファンにはたまらない1枚となっているようです。

眠れるジプシー女 (La Bohemienne endormie)

暑さ厳しいサバンナの大地の夜を描いた、ルソーの代表的な作品のひとつが、眠れるジプシー女 (La Bohemienne endormie) です。夜の砂漠でゆったりと眠りについているジプシーの女性とライオンが描かれた、オリエンタルな雰囲気を醸した作品となっています。

この作品には、当時のルソーの思惑が詰め込まれている作品であり、借金返済のためにラヴァルの市長に本作を寄贈したといわれています。

さらに、市長にあてて手紙を書いており、この疲れ果てたジプシーの女性をライオンが食べるわけでもなく、詩的な月のせいでこういった穏やかなシーンとなったと解説もしていたと書かれていたといわれています。

月の光によってグラデーションが美しい砂漠の空に、独創的な構図、そして統一感のある色使いなど完璧なまでに計算され尽くされた名作ですが、当時はルソーの評価は低かったことで知られています。そのため、市長に買取されることもなく、もくろみは失敗に終わっています。

戦争 (La guerre)

素朴派として活躍していたルソーは、印象主義の時代に生きてきた画家として知られています。印象主義の時代の場合、ルソーのような個性的な作品が認められないのは無理もありません。

しかし、ゴーギャンなどが強い衝撃を受けた作品として、初期の頃の作品でありながらも絶賛されているのが、「戦争 (La guerre)」という作品です。1894年のアンデパンダン展に出品されたこの左右品は、戦争の萬意が描かれている作品として知られており、その構図や立体感、神々しさと悲惨さが伝わる独創的な仕上がりとなっています。

非凡性の高いその構図は、当時の印象派の画家たちからも非常に絶賛されていたといわれています。中央に炎と剣を持ち、立ち向かっている人物がいますが、コレ自身が戦争を仕掛ける権力者であり、死人がルソー本人をモチーフとしたともいわれています。

戦争をモチーフとした作品が多いなかで、こういった独創的な構図はルソーだからこそ生まれたのではないでしょうか。

田舎の結婚式(婚礼)

当時、田舎で行われる集団での結婚式を描いている作品が、「田舎の結婚式(婚礼)」です。ルソー本人も肖像画として参加しているという今作ですが、ほかの人物たちとの関係性は暴かれておらず、恐らく田舎の結婚式をイメージした空想の作品として仕上げられたといわれています。

全体的な構図は記念写真風として仕上げられていますが、犬を正面に配置し、陰影をつけた独創的で生を感じさせる木々の配置など、ルソーらしい仕上がりとなっているところに目が惹かれます。

また、素朴派といわれる由縁でもあるルソーの緊張感のある作品は、この平面的な部分と正面性に隠されているとして気宇されています。どこか、非現実的な冷感が伝わってくることで、より現実感から遠ざかりながらも、素朴さを感じさせるという不思議な作品となっています。

第22回アンデパンダン展への参加を芸術家に呼びかける自由の女神 (La Liberte invitant les artistes a prendre part a la 22e exposition des Independants)

ルソーにとって、自分の存在をアピールすることができる唯一の作品として知られているのが、アンデパンダン展です。そこに出品された作品で代表的といわれるものが、第22回アンデパンダン展への参加を芸術家に呼びかける自由の女神 (La Liberte invitant les artistes a prendre part a la 22e exposition des Independants)です。

公平性を司っている天使が空を舞っており、ライオンや兵隊などが立ち並んでいる、ボスターのような作品です。カミーユ・ピサロやスーラ、シニャックなど、これらの名前も記されているように、誇り高く、非常に正当性の高い絵画展である故に、参加を促すルソーの真面目さが伝わってくる作品のひとつです。

夢 (Le reve)

ルソーの代表的な作品であり、多くの人々に知られている作品のひとつが、夢 (Le reve)です。国外へと旅行をすることがなかったルソーですが、そのおかげか想像力を存分に発揮した作品として世界的に高い評価を受けている作品として知られています。

イタリアで活躍をしていた詩人ギヨーム・アポリネールの詩が添えられているなど、高い教養を感じさせる部分もあるなど、ルソーらしい作品となっています。

ジャングルのようなボタニカル的な要素を全体に構成していながらも、ソファに裸婦が座っているという独創的な構図が話題となりました。この女性が、蛇たちの歌を期待している、想像しているという解説がなされており、ルソーがさまざまな研究を通じて想像の異国を描いていたと思われています。

非常に立体的で輪郭がくっきりとした作品となっており、力強さもどこかで感じさせます。現在では、MoMA(ニューヨーク近代美術館)へと寄贈されており、それらを確認することができるようです。

詩人に霊感を与えるミューズ

ルソーは、晩年になるとジャングルや熱帯雨林といったモチーフを多く描くようになっています。アンテパンダン展に出品されたものと、そうでないものの2点があるということで話題となっているのが、「詩人に霊感を与えるミューズ」という作品です。

女神ミューズから、エウテルペに霊感を与えているというモチーフで描かれているこの作品ですが、古典主義に即した仕上がりとなっているといわるものです。

背景、そして肖像画が一体となっている今作ですが、色使いも冷感ながらどこか素朴で暖かみのある雰囲気を持つ、不思議な作品となっています。古典主義を使用しながらも、斬新な構図やモチーフ、色使いがルソーらしさを物語っている作品となっています。

独創的な世界を楽しむ

ルソーの作品では、彼らしい非常に独創的でユニークな作品を楽しみながら鑑賞することをおすすめします。
当時は、低い評価を受けていたものの、自分の信念を決して曲げることが無かったルソー。
その力強さと画家人生にかけた思いが、作品を通じて伝わってくるのではないでしょうか。

アンリ・ルソーの生涯

フランス生まれの画家、アンリ・ルソー。素朴派と呼ばれる作風で知られており、日曜画家からの転身であったことからも、当初は評価が低い画家であったことで知られています。生涯において数多くの作品を残していたルソーでしたが、生活に困窮していたことからもその絵を多く売ってしまい、あまり残っていないということで知られている画家です。
今回、ここではルソーの人生について紹介していきましょう。

ルソーの人生

ルソーは、フランスのマイエンヌという場所で1944年に生まれています。非常に真面目な性格であったことでも知られており、高校を中退しながらも、法律事務所に勤務していたことが分かっています。軍役を経た後には、パリの入市関税の職員となっています。

ルソーは、長きに渡ってこの入市関税の職員を勤めており、このまま生涯をこの入市関税の職員で過ごすものと思われていました。

しかしながら、この入市関税の職員を勤めている中の余暇で趣味の絵画を描いており、その時に数多くの作品を残していたことでもしられています。「ル・ドゥアニエ」(税関吏)という名前をもらいながら、さまざまな絵画を書いていたという、数多くの大家のなかでは大変珍しい画家のひとりとして知られています。

絵画へ専念する生活

へルソーは、余暇を使って趣味で絵を描いている生活を続けていましたが、徐々に自らの絵画の実力を知りたくなっていき、1886年からアンデパンダン展という展示会に絵を出品するようになっています。そして、この展覧会には強い思い入れがあったのか、アンデパンダン展には、生涯をかけて出品を続けていくことで知られています。

そんなルソーですが、1888年にクレマンスという最初の妻が他界しており、さらには1903年にも二番目の妻も他界するなど、あまり日常生活の面では恵まれていなかったといわれています。そして、自らが税関で勤めて終わってしまっては、自分の人生が彩りのないものへとなっていく、ということからも、なんと絵画に専念するために市の仕事を1893年には退職しているのです。

この時点から、年金での生活を余儀なくするようになりますが、ルソー自身は愛している絵画に集中することができたことで、良い作品を残し続けることとなります。ルソーは、日曜画家として知られていますが、作品の大半は税関を退職してから描かれており、ほぼここからの時期の作品となっています。

さまざまな名作を描く

ルソーは、日曜画家として描いた作品のなかの代表作は、「カーニバルの夜」という作品です。しかし、その頃の作品はアマチュアとしての領域を出ておらず、やはり画家に専念をし始めてから素晴らしい作品を多く残していることになります。退職後は、ライオンと女性が砂漠で眠っている素晴らしい作品「眠るジプシー女」を描いていますし、「戦争」や、「蛇使いの女」など、非常に多くの名作を残すこととなります。

低い評価

ルソーの作品は、印象派などのような作風ではなく、どこか魔術的であり、ポップな雰囲気を持っている平面的なものが多いといわれています。浮世絵のような影響も受けているようで、さまざまな要素が独走的に絵画の中に詰め込まれているところが特徴といえるでしょう。

しかし、当時のルソーの作品は批評家たちから非常に嫌われていたといわれています。非常に稚拙で子どもっぽい、ということで嘲笑の的であったともいわれています。ルソーが世界的に評価されたのは、没後のことであり、生前に関しては、殆どまともな評価を受けていなかったということで知られています。

巨匠たちからの絶賛

生前、低い評価を受けていたルソーではありますが、巨匠と呼ばれている人たちからは高く評価されていたことで知られています。例えば、ゴーギャンや、ピカソ、アポリネールという大家たちからは、非常に独創的で素晴らしい作品であると高く評価されていたといいます。

そして、「洗濯船」(バトー・ラヴォワール)という場所がフランスにはありますが、そこでピカソやアポリネールがルソーの夕べというイベントを開いていることでも知られています。

遊び目的で開かれたともいわれていますが、非常に多くの詩人や画家が集まったことでも知られており、改めてルソーの絵画の素晴らしさを賞讃するような会になったといわれています。当時、日本国内でも洋画を生み出す素晴らしい作家たちが多かったこともあり、藤田嗣治をはじめ、岡鹿之助、加山又造といった後の巨匠たちもルソーの作風に強い影響を受けたと話しているようです。

ルソーの最後

ルソーは、世間的には評価されていませんでしたが、結果的には巨匠たちや業界の人たちからは早い段階で注目をされていました。

そんななか、利用されていたと言われていますが、手形詐欺事件に連座という形で逮捕されてしまいます。さまざまな心労が災いしたのか、その翌年の1910年にルソーは肺炎を患いこの世を去ってしまうのです。

非常に若い死ではありましたが、その後にルソーの作品は高く評価されており、数多くの画家たちに多大なる影響を与えていたといわれています。

特に、ピカソたちのようなキュビズムやシュルレアリスムといったジャンルの先駆者といわれており、これらの画風を創造していったのがルソーではなかったのか、と美術ファンからは注目されているようです。

他には無い独創的な作風

ルソーの作品は、リアリズムを排除した、非常に奇妙でありながらも人の心を引き込む独特な雰囲気を持っています。遠近法などを利用していない、平面的な作品であり、輪郭がしっかりとしていながらも非現実的な人間や動物たちの対比が新たな芸術として異様な光を放っています。

日曜画家の頃から、作風自体は大きく変わっていないことも、彼が非常に非凡な人間であったことを裏付ける証拠となっています。さらに、ルソーは海外旅行をすることが殆どなかったことからも、創造物としてジャングルをモチーフとした作品を多く描いています。

軍役に出ている時の、ナポレオン3世とともにメキシコ従軍との思い出を想像して描いていると言っているようですが、南国へいくことは無かったので、まさにルソーの思い描く想像の世界がキャンパス中に詰め込まれているといってよいでしょう。

色の魔術師

ルソーの作品は、遠近法などを用いていないのにも関わらず、非常に立体的な雰囲気を放つことが不思議だといわれています。

ルソーは、大変色使いに関して敏感かつ、こだわりを持っていたようです。特に、「ジャガーに襲われる黒人」に関しては、ジャングルの中心でトラに黒人が教われているところを、茂みの中からのぞいているような作品ですが、その繊細な色使いに心が奪われます。

草木を描いている緑色は、かなりの数が使われており、色の種類に関しては数種類であるにも関わらず、その作品はまさにカラフルといって良い印象となっているのです。

謎深い、天才画家

ルソーは、非常に謎が深い画家ということで、非常に美術ファンたちの関心を惹いています。恋多き男性であったともいわれており、それで常に金欠状態であったのではないかとも言われています。

日曜画家でありながらも、このクオリティの作品を生み出し続けていたルソー。今後、いろいろな謎が溶けてくるとともに、さらに評価が高まっていく画家のひとりとなっていくのではないでしょうか。
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