グローバルに広がる「禅~ZEN」の世界

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座禅の愛好家は日本人だけとはかぎりません。世界中に座禅による瞑想法は広がっていて、心身の健康増進の手段、心を研ぎ澄ます瞑想法として取り組む方はたくさんいます。その中にはクリスチャンの修道女など、まったく別の宗教を信じている方も珍しくありません。

「禅~ZEN」は世界でどんなふうに受け止められ、禅の文化は認識されているのでしょうか。海外の「禅」について紹介します。

スティーブ・ジョブズ氏もはまった禅~ZEN

2011年に亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は、日本の禅への造詣が深いことで知られています。禅との出会いは青年期。カリフォルニア州ロスアルトス市の「俳句禅堂」の住職であった乙川弘文という曹洞宗の僧侶に師事し、一時は日本で生活することや出家を考えたことさえあったといいます。結婚式も乙川氏のもとで執り行われています。 スティーブ・ジョブズ氏のものづくりのポリシーを表している名言として、「偉大な大工は、見えなくてもキャビネットの後ろにちゃちな木材を使ったりしない」(引用:桑原晃弥『スティーブ・ジョブズ名語録』PHP文庫)ということばがあります。一方、『正法眼蔵随聞記』(岩波文庫)には、「実徳を蔵、外相を荘(かくしてかざらず)」ということばがあり、これは「内面をよくして外面を飾らない」という意味です。本質を大事にする、見えない部分こそおろそかにしないという真摯なものづくりの態度を培ったものは、禅の教えであったといわれています。

apple社の基盤までもが美しい製品には、禅の思想が伝わっているのかと思うと手興味深いものがあります。

また、スピーチ等によると、スティーブ・ジョブズ氏は「今日の一日を人生最後の日と思って生きる」ことをモットーとしていたそうです。これもまさしく道元禅師の教えにある「学道の人は、後日を待って行道せんと思う事なかれ。ただ今日今時を過ごさずして、日々時々を勤むべきなり」という精神に通じるものではないでしょうか。一日、一日を最後の日として生きていく。その覚悟は武士道にも通じ美しいものがあります。

スティーブ・ジョブズ氏は禅のスタイル、無駄を省いたシンプルな美しさを好みました。その美意識は製品作りにはもちろん、トレードマークでもあった飾り気のない黒のタートルにも反映されています。黒のタートルは三宅一生のデザインで、無駄を省き機能的でありながらスタイリッシュ。作務衣の機能的なスタイルを重ね合わせたものといわれています。また、新版画のコレクターでもあり、中でも川瀬巴水の風景画を好んだといいます。日本文化の粋がアップル社のデサインのコンセプトに影響するところは大きかったのではないでしょうか。

何より大きいのは、スティーブ・ジョブズ氏が自身の体験から座禅の効用を伝え、禅の精神の魅力を世界に発信されていたことでしょう。アメリカで一流のビジネスマンが座禅を日課にしている。禅の文化を製品づくりに活かしている。そのインパクトは大きく、アメリカにみならず世界中のビジネスマンの関心を集めるきっかけになりました。日本文化を見直す契機とした日本人も多かったと思います。

フランス語になった禅~ZENは「静かな」「落ち着いた」

フランスは、柔道を代表に武道などの伝統的な文化から、アニメや漫画などのサブカルチャーまで日本文化の人気が非常に高い国です。座禅との関わりも古くからあり、パリに座禅道場が開かれたのは1967年。曹洞宗の僧侶である弟子丸泰仙氏(後に初代曹洞宗ヨーロッパ開教総監)によるものでした。

曹洞宗ヨーロッパ国際布教総監部によると、欧州全体で約4600人というメンバーのうち、フランスは約2200人と最も多くのメンバーがいるそうです。それに続くのがイタリア、ドイツ、スペインで、ほぼ同数となっています。欧州全体で約300、フランスで約200ほどの道場や寺院、コミュニティがあります。本格的な禅堂で、日本と同じような修行の一日を行うところもあれば、コミュニティセンターなどで朝夕の座禅を行っているところもあります。座禅のみならず、応量器を使った食事の作法を学び、泊まりがけで摂心を行うこともあるそうです。 パリ市内には佛国禅寺、ブロワ市近郊に禅道尼苑という拠点があります。画像は禅堂尼苑ですが、ここでは1年に数度、欧州全体から座禅に取り組むメンバーが集まります。フランスでは座禅は哲学、身体的な行として行う人が多く、宗教的な立場から禅堂に入るときの合掌礼拝を拒む人もいます。フランス観照寺など、広い敷地には畑も作られ、にんじんやほうれんそうなど日本食の野菜のほか、ルッコラなども栽培されていて、農作業は大事な作務のひとつとなっています。

「zen」ということばはすでにフランス語としても使われています。英語でいうところの「cool」と同じ意味で使われたり、「静かな」「落ち着いた」という意味に用いられたりしています。

マインドフルネスの本質は禅~ZEN

アメリカでは、社員向けブログラムのひとつとして、座禅を行っている企業がいくつもあると評判になりました。最も有名なのはGoogle ではないでしようか。


ティク・ナット・ハン氏はベトナムにある禅寺、臨済正宗柳館派慈孝寺の出身で、ベトナム戦争時には反戦と救済活動を行い、渡米して平和運動に力を尽くしてこられた方です。アメリカ、フランスなど各地で仏教の布教と瞑想指導を行われました。禅の国際化に貢献された方といってもいいかもしれません。

ティク・ナット・ハン氏を代表に、僧が提唱する瞑想法の根本は座禅です。日本の座禅とはやや違いがあり、上部座仏教の観行瞑想、ヴィパッサナー瞑想がベースとなっています。日本でいえば「内観」に近いものがあります。

大雑把にいえば、座禅をもとにして、そこから仏教の宗教色を排除し、医療的な見地かなどから修正を加えられた心のエクササイズがマインドフルネスといってもいいでしょう。

マインドフルネスにはさまざまな手法がありますが、今という一瞬の自分に「気づく」こと、瞑想中はほかのことを考えず集中すること、呼吸に集中することなどが共通しているようです。

マインドフルネスは、セルフコントロールが可能になる、ストレスを軽減する、うつ病の予防や治療に効果が期待できる、集中力や記憶力を高める。免疫力が上がるなどの効用が期待されています。日本では、健康増進やストレス解消を目的に社内研修で座禅を行うことがありますが、それと同様に欧米ではマインドフルネスを社内ブログラムとして取り入れるところが増えています。

1950年代から60年代にかけて、欧米に禅の文化と哲学を発信したのは鈴木大拙でした。サムライ、ゲイシャといったエキゾチックな日本のイメージを変え、ユングやハイデカーなど欧米の知識人にも深い影響を与えた哲学者として、その名は知られています。

大拙が紹介した禅の精神は、生け花、茶道、建築、日本画などの日本文化にもスポットを当てて、深い精神性という趣きを与えました。マインドフルネスを欧米で流行させた背景には、こうした東洋文化、「zen~禅」文化への憧れや尊敬があったのかもしれません。
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