仏像

地蔵菩薩はどうして親しまれてきたのか?

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仏にはその悟りの度合いによって4つのランクがあります。そのヒエラルヒー最上位に属するのが如来。その下に菩薩、明王、天部と続きます。
その中で菩薩はいずれ如来になれるのですが、少しだけ徳が足りないとか、もっと人を救いたいという誓願を立てているとか、そのような理由によって現世にとどまり、人々を救い徳を積んでいる仏です。
本当はすぐにでも涅槃(ニルバーナ)に行きたいのでしょうに、ありがたい仏様です。

1.地蔵菩薩とは

サンスクリット語では乞叉底蘗婆(クシティ・ガルバ)と言います。
RPGにでてくる魔法都市とかにありそうな名前です。市民は皆が苦行をしないといけないという条例のある、苦都市・ガルバ、なんちゃって?
クシティは大地、ガルバは胎内の意味です、幼くして亡くなった子を弔うのに地蔵菩薩(水子地蔵)がよく造られるのは、こんな意味があるからです。ただし水子地蔵という言葉は比較的最近(昭和の時代)になったからできた言葉です。
実は地蔵菩薩には、大きな役割があります。釈迦が亡くなった(入滅)後、この世で六道輪廻する衆生を助ける役割は、跡継ぎに指名された弥勒菩薩に託されています。
しかし弥勒菩薩は、仏教世界の中央にそびえる須弥山(しゅみせん)の上空にある兜率天(とそつてん)という天界で、未だ修行中の身です。仏陀入滅後56億7千万年後に修行を終えるそうですので、あとほんの56億6999万8千年ぐらい待つ必要があります。
弥勒が修行を終えたあかつきには、釈迦が救い切れなかった人々ももれなく救っていただけるそうですので、救われたい人はそれまでがんばって長生きしましょう。
しかし弥勒が跡を継ぐまでの間、仏法がなくなってしまうと世界がワヤになってしまいますので、仏陀の代行が立てられることになりました。それが今回取り上げる地蔵菩薩です。

道ばたになにげに置かれた石仏。その多くが地蔵菩薩です。それをお地蔵さんと呼ばれます。人々に親しみを込めて呼ばれる仏像は、そう多くはありません。そのぐらい庶民の生活になじんでいる仏です。ただし、いくらお願いしてもお金を貸してはくれませんのでご注意を。高い金利が付くような自動機にはもっと注意しましょう。

2.地蔵菩薩信仰

どの町に行ってもお地蔵さんの姿は見られます。地蔵信仰は今昔物語の成立以降中世ぐらいまでは貴族にありました。時代が下るにつれて民間信仰へと代わり江戸時代にピークを迎えます。街を歩いて出会うお地蔵さんには、その時代のものが非常に多いのです。
地蔵菩薩に限らず、仏像にはいろいろな情報が書いてあります。作者名や真言、梵字や由緒まで。その中に造られた時代が書いてあることがあります。
お地蔵さんの場合は屋外に置いてあることが多く、風雨で削れやすい材質でもあります。消えてしまって読めないものも多いですが、丹念に文字をたどると、元禄、享保、天明、文政などの文字を読み取ることができます。そういうのを読みながら歩くのも楽しいです。

その時代はちょうど町人の経済力が上がり、元禄文化が花開いた時代です。石仏も当時の文化を彩るカジュアルな芸術作品だったのでしょう。ちょうど現代のフィギュアやドールのブームとの類似点を感じます。
当時はきっとたくさんの仏像オタクがいたことでしょう。ひたすらノミで石を削る引きこもりが、作品を造ることで社会貢献していたと考えると、日本人の本質は変わってないのかなと感じます。
現存する石仏の約8割は、江戸時代に造られたと言われています。お地蔵さんの着衣は地味で造作も簡単なので、仏像創作入門にはちょうどいいモチーフだったのかもしれません。
石仏の多くが地蔵菩薩であるため、石仏をすべてお地蔵さんと言ってしまう人が多いのは困りものです。簡単ですのでぜひ見分けていただきたいと思います。

3.仏容

仏容とは仏像の容姿のことです。菩薩は古代インドの貴人の姿を現していますので、なかなかにオシャレでエロい服装をしています。如来が仏陀の出家したあとの沙門(修行者)であるのに対して、菩薩は出家前の王子(貴族)の状態で表されるからです。
しかしこの地蔵菩薩は例外です。釈迦の代行をしているという責任感からか、持って生まれた? 性格からか、身なりの質素さはほぼ如来並みです。宝冠もかぶらない坊主頭。アクセサリーもなく着衣も極めてシンプル。片手に如意宝珠、もう片方は錫杖を持っていることが多いです。
しかし地蔵菩薩にも例外が多く、異形と言われるような仏像も少なくありません。大日経には「その像極めて髙麗にして身に焔胎を処し、雑宝(吉祥文様のこと)荘厳の地、綺錯(美しい模様)互いに相間し四宝(金・銀・瑠璃・水晶)を蓮華座となす」という記述があり、結構派手です。蓮華を手に持っていたり、キン斗雲(のような雲)に乗っていたり、六道を救済するために6つの分身に分かれていたりもします(六地蔵)。
仏像を見るという観点からは、貴族文化である地蔵菩薩と、庶民文化であるお地蔵さんとは分けて考えたほうが違和感が少なくなりそうです。

4.地蔵菩薩の誓願

仏像の本を読むと、誓願という言葉がやたらとでてきます。誓願とは仏道を志すものが立てた誓いのことで、仏によって様々なタイプがあります。基本的に菩薩は必ず誓願を持っています。
地蔵の誓願には、善男善女が地蔵を供養すれば二十八種利益、天竜と鬼神が供養すれば七種利益とがあると、「地蔵菩薩功徳経」に書いてあります。その一覧を並べてみましょう。

善男善女の二十八種利益
01 天龍護念:天龍が守ってくれる
02 善果日増:善果が日ごと増す
03 集聖上因:すぐれた因が集る
04 菩提不退:菩提が退くことがない
05 衣食豊足:衣・食に豊で不足しない
06 疾疫不臨:病気にかからない
07 離水火災:水の難、火の難に遭わない
08 無盗賊厄:盗賊の被害に遭わない
09 人見欽敬:人から敬われる
10 神鬼助持:鬼神が助けとなる
11 女転男身:女が男性に転ずる
12 為王臣女:王の女性大臣となる
13 端正相好:容姿端麗で相がよい
14 多生天上:何度も天界へ生まれ変わる
15 或為帝王:或いは帝王になる
16 宿智命通:前世に得た智慧によって将来を知ることができる
17 有求皆従:求める者は皆、従う
18 眷属歓楽:眷属が歓び楽しむ
19 諸横消滅:すべての不道理を消滅させる
20 業道永除:苦楽の報いの善悪の業を永久に取り除く
21 去処盡通:苦しみに通じるところが滅びる
22 夜夢安楽:夜の夢見が安らかになる
23 先亡離苦:先祖が苦しみから離れられる
24 宿福受生:前世の福を受け、生まれる
25 諸聖讃歎:すべての聖者がほめたたえる
26 聰明利根:素質や能力がすぐれる
27 饒慈愍心:哀れみ、慈しむ心を与える
28 畢竟成仏:絶対的な悟りを得ることができる

念のために注釈を付け加えておきます。11の「女転男身」というのは男の娘を作ろうとか男装の麗人になれとかいう意味ではありません。男と女を入れ替えて、君の名は。とか言ってる場合でもないです。
仏陀の本来の教えでは女性は成仏できなかったため、どうやったら女性にもその道を開けるか、というのは大乗仏教の本質的な悩みでもありました。そのひとつの答えとして「そうだ、男にしちゃえばいいじゃない」という発想からできた功徳です。

天竜と鬼神の七種利益
01 速超聖地:すぐに完全な聖地へ行かれる
02 悪業消滅:悪業を消滅させる
03 諸佛護臨:諸仏が臨んで守ってくれる
04 菩提不退:悟りの境地から退くことはない
05 増長本力:本来、持っている力が増す
06 宿命皆通:前世のすべてを見ることができる
07 畢竟成佛:絶対的な悟りを得ることができる

数は少ないですけど、天竜と鬼神、うらやまし過ぎます。

5.地蔵菩薩の眷属

地蔵菩薩には掌善童子(しょうぜんどうじ)掌悪童子(しょうあくどうじ)というふたりの眷属がいます。
掌善童子は白色白蓮華を持ち法性(仏心)を育て、掌悪童子は赤色金剛書を持ち無明(煩悩)を滅するという役割を持ちます。

6.地蔵菩薩を見に行くのならこんな寺がお勧め

・岩船地蔵尊
栃木県下都賀郡岩舟町静3
・木之本地蔵院
滋賀県長浜市木之本町木之本944
・猿羽根山地蔵尊
山形県最上郡舟形町舟形堺ノ峯2981
・お紋地蔵
三重県伊賀市長田

7.最後に

むかーしむかーしあるところに、子供に縄をつけられて引っ張り回されていたお地蔵さんがありました。それを近所の爺が見つけて子供を叱り、お地蔵さんをお堂に安置しました。
しかしその日の夜、爺は夢を見ました。「せっかく楽しく遊んでいたのになんで邪魔をする。ここから出せ」と。だらぐ地蔵という日本昔話のひとつです。
民間信仰としてのお地蔵さんのキャラが、大変よくわかるお話です。そんな風に日本人に愛されてきた仏像です。どこかで見かけたらそっと手を合わせてあげてください。なにかいいことがあるかもしれませんよ。
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