仏像

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは、結跏趺坐を組み白象に乗った女性の味方?

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仏にはその悟りの度合いによって4つのランクがあります。そのヒエラルヒー最上位に属するのが如来。その下に菩薩、明王、天部と続きます。
その中で菩薩はいずれ如来になれるのですが、少しだけ徳が足りないとか、もっと人を救いたいという誓願を立てているとか、そのような理由によって現世にとどまり、人々を救い徳を積んでいる仏です。
本当はすぐにでも涅槃(ニルバーナ)に行きたいのでしょうに、ありがたい仏様です。

1.普賢菩薩とは

普賢菩薩はサンスクリット語で三曼多跛娜羅(サマンタバドラ)と呼ばれます。ショッキングピンクのバッグで有名な、若い女性向けのファッションブランド名と似ていますが、あれは1960年代にアメリカから来た魔女の母娘の名前です。
普賢菩薩は仏像としてはあまりメジャーではありません。単独で祀られることは少なく、だいたいは中央に釈迦如来を抱き、文殊菩薩とともに3仏で、BABYMETALのようなビジュアル系ユニットを構成しています。
智慧の文殊に対し普賢菩薩は慈悲の実行を司る仏です。仏教の開祖・仏陀は女性は煩悩が多すぎるため解脱はできないと語り、弟子にはしませんでした。時代が下り大乗仏教が普及すると、女性にも解脱への門戸が開かれました。その中でも女人成仏を説く法華経というお経があり、普賢菩薩はこのお経によく登場することから女性の人気を集めているようです。
実は不空羂索(ふくうけんじゃく)経、陀羅尼(だらに)経、普賢延命経、秘蔵記、華厳経などにもボロボロ登場しているのですが、それはまあ、大人の対応ということで。

伝説では、普賢と文殊は阿弥陀の子であり、文殊が兄、普賢が弟であるという話があります。これは仏教とはあまり関係なく後世の創作物でしょう。三蔵法師を女性にしてしまうような国の人間が作る物語ですから不思議ではないですね。

2.仏容

仏容とは仏像の容姿のことです。菩薩は古代インドの貴人の姿を現していますので、なかなかにオシャレでエロい服装をしています。如来が仏陀の出家した後の沙門を現すのに対して、菩薩は出家前の王子(貴族)の状態で表されるからです。

一般的に仏像を見るときは、まずその印を見ます。印というのは両手で作るジェスチャーのようなものです。印相とも言い多くの仏像には特徴的な印があります。それでどんな仏像なのかを特定することができます。

普賢菩薩の印は、何も持たず両手を合掌する(合掌印)像が一般的ですが、そうでないものもたくさんあります。そのため、普賢菩薩については、印よりもっと見分けやすい仏容がありますので紹介しておきましょう。
結跏(けっか)趺坐を組み、白いゾウに乗っていたら普賢菩薩です。これが全てではありませんが、普賢菩薩の多くの仏像がこの形をとっています。特に釈迦三尊(釈迦如来・普賢菩薩・文殊菩薩)という形のときはほぼこのスタイルです。これを覚えておくだけで普賢菩薩を特定できて、他人に自慢気に話すことができます。

ところで結跏趺坐って何? という人に説明しておきましょう。できたら自分でやってみてください。
まずあぐらをかいて座ります。その状態から片方の足首を太ももの上に乗せます。ふくらはぎではなく太ももの上です。それだけでも相当つらいと思いますが、それが半跏(はんか)趺坐です。さらにそこからもう片方の足首も太ももの上に乗せて、結跏趺坐の完成です。足がつったと思います、お大事に。

ゾウに乗る仏像は他に帝釈天がありますが、こちらはヒンドゥー教の神で、仏教では天部(という仏の最下層)に分類されています。そのせいか、お行儀が悪い座り方で乗っていますのですぐわかることでしょう。普賢菩薩は白ゾウに乗ることでその徳を示しているとされます。乗り物じゃなく自分で示せよ、という突っ込みはしない方向でお願いします。

その他の特徴を述べますと、五仏の頂冠をかぶり、派手な衣に身を包んだミスタービジュアル系。右手には金剛杵(こんごうしょ)、左手に金剛鈴(こんごうれい)という密教の法具を持ちます。1000枚の蓮華に座り、うっすら髭を生やしています。乗っている白ゾウは、6本の牙、3つの頭、足には金剛輪をつけています。いろいろ突っ込みどころ満載のシュールなゾウですね。ハリーポッターにでてくる門番の人なら喜んで育ててくれそうです。

普賢菩薩の上位互換的な仏像に、普賢延命菩薩という仏像もあります。これは普賢延命経というお経の中に描かれているものです。
そこには手が20本(本来の手を入れると22本)あり、それぞれに如意や蓮華、経典を持つと書かれています。書くほうは簡単ですがそれを造れとかほとんどむちゃぶりです。
しかし9世紀ごろに、それを造った仏師がいたようです。ようです、というのはそれがすでに(1926年)焼失しているからです。なのになんでわかるのか、というのは焼失前に撮られた写真が現存しているからです。
9世紀に造られたというのは写真からの推測ですが、それにしてもあの時代にこんな不安定な仏像を造った技術というのは驚嘆に値します。
腕の多さなら千手観音のほうが上ですが(実数は42本)、その内40本は脇手と呼ばれ、像と光背の間から細い枝のような手を出しています。この形式なら腕は軽く強度を持たせることもできるのでまだしも製造は楽です。
この普賢延命和菩薩像は、歌山県にある高野山・金剛峯寺の金堂に収められていました。真言密教の聖地ですね。

3.普賢菩薩の誓願

仏像の本を読むと、誓願という言葉がやたらとでてきます。誓願とは仏道を志すものが立てた誓いのことで、仏によって様々なタイプがあります。基本的に菩薩は必ず誓願を持っています。
またその数にしても、誓願を1つしか持たない准胝(じゅんてい)観音のような省エネタイプから、48もの誓願を立てた阿弥陀如来という欲張りさんまでいろいろあります。 普賢菩薩の誓願は10個です。無難な数でまとめたようですね。一応、それらを一覧にしてみました。

1.礼敬諸仏→諸仏を敬い礼拝する
2.称讃如来→如来を称賛する
3.広修供養→広く供養を修める
4.懺悔業障→過ちを隠さず素直に悔いる
5.随喜功徳→善いことをする人を讃え、手助けする
6.請転法輪→高徳博学の師を招き広く大勢の人に益する
7.請仏住世→諸仏が常にこの世に住して導いてくれることを願う
8.常随仏学→精神を高め、人格を養うことに努める
9.恒順衆生→常に多くの人との生活を楽しむ
10.普皆回向→功徳をことごとく衆生に回向する

特に10番目が菩薩道にある仏らしいと言えるでしょう。自分の努力で得た徳を、私たちに全て分け与えてくれるというのです。ありがたい話ではありませんか。自分にだけはもっとたくさん送っていただきたい、なんてのは煩悩ってやつですので、気をつけてください。

4.普賢菩薩の眷属

普賢菩薩には守護者となる眷属たちがいます。それが十羅刹女(じゅうらせつにょ)です。10人の羅刹の女性です。悪鬼羅刹という言葉がありますが、その羅刹、早い話が鬼女さんたちです。
ネットのどこかで聞いたような名前ですが、元は道に迷った人などをとって食べていた食人鬼でした。仏陀に諭されて法華経を守る守護神としての役目を仰せつかったのでした。今では立派な天部に属する仏です。それで法華経に縁の深い普賢菩薩の眷属となりました。
彼女らの仏像は滅多にありませんが、一応名前ぐらいは一覧にしておきます。

藍婆(らんば)
毘藍婆(びらんば)
曲歯(きょくし)
華歯(けし)
黒歯(こくし)
多髪(たはつ)
無厭足(むえんぞく)
持瓔珞(じようらく)
皇諦(こうだい)
奪一切衆生精気(だついっさいしゅじょうしょうげ)

こんな方々がいます。3尊の相方でもある文殊菩薩にも同じように8大童子という眷属がいます。元・鬼女であっても美女揃いの十羅刹女をチラ見しながら、うらやましがっているという話があるようなないような?

5.普賢菩薩を見に行くのならこんなお寺がお勧め

・大倉集古館(2019年まで改修工事中) 国宝・普賢菩薩騎象像
東京都港区虎ノ門3-1-10 第二虎ノ門電気ビルディング7階
http://www.shukokan.org/collection/index.html

・願興寺 国指定の重要文化財・釈迦三尊
岐阜県可児郡御嵩町御嵩1377-1
http://www.gankoji.sakura.ne.jp/

・賀名生(あのう)のふげんさん常覺寺 国の重要文化財・普賢延命菩薩
奈良県五條市西吉野町黒淵1321番地
http://web1.kcn.jp/fugen-san/

6.最後に

どんなものでも、その名前がわかるというのは大切です。1つ覚えればもっと知りたくなるのが人情というものです。別の仏像も覚えたくなりますし覚えると人に自慢できます。そしてやがてそれが趣味になってゆきます。
その構図は歴女でも仏像ガールでも同じです。まずはとっかかりの1つを覚えてみましょう。入門編としてこの普賢菩薩は大変覚えやすい仏像です。
ただ全ての仏像に言えることですが、例外はたくさんあるということは覚えておいてください。どのみち、全ての仏像を覚えるというのは、専門家でもなければ無理な話です。儀軌という規則があっても、どの仏師もそれに忠実なわけではありません。仏師が無知な場合もあります。長い年月の間に名前が間違って伝わっていることもあります。円空のようなアバンギャルドもいました。
それでも、菩薩なら菩薩の、明王なら明王の個性がどこかにでているものです。そういうのを探すのも、仏像を見る楽しみでもあります。

「修行者」と女性の味方?普賢菩薩

「普(あまね)く賢い者」を意味する「サマンタバドラ」が元。釈迦三尊像では文殊菩薩共々お釈迦様の脇を固めますが、特徴としては象に乗っています。よく言われるのが「智の文殊、行の普賢」。俗世で例えるなら、自動車教習所の教科担当が文殊菩薩、実際に車を動かすドライビングテクの教官が普賢菩薩といったところでしょうか。仏の慈悲の具現化された姿ともされます。長らく「女性の極楽往生は無理」といわれた仏教界ですが、法華経で「女人成仏も可能ですよ」との教えが広まるや平安時代以降は女性に信仰されるようにもなりました。その為か、「十羅刹女」という一種の鬼に当たる女たちを眷属として従えていたりもします。「わお、ハーレム」と思われるかもしれませんが、普賢菩薩自体が女性的な印象のこともありますし、仏様ですのであまりハーレムとかは関係ないですね。本来は文殊菩薩の考えた「十の大願」を「普賢大願」といい、これを実行させる理想の姿でもあるのです。ちなみに普賢大願は以下の通り。

【礼敬諸仏】
全ての仏に、心身共に清浄な状態、態度、言葉での礼拝。

【称賛如来】
全ての仏の功徳を、声にして称賛する。

【広修供養】
全ての仏を華鬘(けまん。仏具や内装のこと)など、素晴らしい道具で供養する。

【懺悔供養】
過去の悪事、悪業を仏や菩薩に懺悔する。

【随喜功徳】
全ての功徳を喜ぶ。(感謝する、ということでしょうね)

【請転法輪】
全ての仏に、教えを説いてくれるよう請願する。

【請仏往世】
仏や菩薩、修行者のすべてがこの世にとどまってくれるよう頼む。

【常随仏学】
最後まで、仏に随い、仏弟子として学ぶ。

【恒順衆生】
全ての衆生を大事にする。それこそ、親のように。

【普皆回向】
今まで挙げた功徳をすべての衆生に向けて、ちゃんと行えるよう願う。

そんな普賢菩薩様ですが、密教だと少し性格が変わります。女性救済のフェミニスト型ではなく「延命や無病息災」を目的として信仰される仏様です。名前は「普賢延命菩薩」。
普賢延命菩薩像。こちらは佐賀市の龍田寺におわします。

一番身近でストイックな仏様、地蔵菩薩

昔話にも登場する、一般人から見ると比較的身近な仏様。それもそのはず、人間界を含めた「六道のあらゆる衆生を救う」誓いを立てた仏様であり、実際に行っているのです。お地蔵さまが「身近」になった背景には、超ストイックな誓いがありました。それ即ち「衆生を救い続ける。全員救うまで如来にはならない」こと。思い切ってます。見習いたい、その姿勢。ですが本当に見習いたいのは、「代受苦」というもの。人類滅亡とも言われる末法思想がはやった平安時代。阿弥陀信仰が浸透します。貴族層はお寺を建て、仏像を作り、写経もし、と「功徳を積む」ことができるため極楽往生ができるとされていました。しかし一般市民は「寺立てる?ブツゾー作る!?そんなお金ないよ!お経書くったって字、知らないよ!」と右往左往。「これじゃ地獄行きだあ」と絶望しかけます。そんな中、「もし地獄に堕ちても、お地蔵さまが救ってくださるらしい」との教えが広まったため、お地蔵様にすがるようになったようです。地獄で責め苦を受ける亡者を救い、代わりに釜で茹でられる絵も存在(これが代受苦。見習いたいのは精神性であって、個人的には身代わりに釜茹でにされるのは・・・)。鎌倉時代以降になると、どこへでもやって来て苦を受け止めてくれるように信仰も変わりました。段々人類側も図々しくなって「代わりにお田植えもしてくださる」「戦場で矢とか当たらないようにしてくださる」と、泥付地蔵や勝軍地蔵などが作られるようになりました。いや、どちらも当事者からしたら切実なんですけども。何だかんだで救ってくださるわけですし、それだけ慕われているということですね。像様は基本的に僧形。お坊さんスタイルで菩薩スタイルのものは密教の胎蔵界曼荼羅絵のものくらい。勝軍地蔵は武装しています。現世利益に重きが置かれている感がありますが、それでも尚、救済のため尽力する姿にはやっぱり「見習わないとなあ」と思わせるものがあります。
必要とあらば武装もします。勝軍(しょうぐん)地蔵というんですが、将軍とかけているそうな。
でもこっちのお地蔵様の方が親しみやすい?

記憶力ならお任せ!虚空蔵菩薩

基本的に菩薩というもの、悟りというものは「智」を表すとされますが、虚空蔵菩薩は違った形の「智」で知られているかもしれません。それ即ち、「記憶力」。「100万回唱えれば何でもかんでも覚えられるようになる」求聞持法(ぐもんじほう)で知られる仏様というわけです。「丸暗記じゃん」と思われるかもしれませんが、この求聞持法を行った空海はただ覚えるだけでなくちゃんと理解に至った模様。一種のトランス状態になって悟りに似た境地に至った、ということでしょうか。その後山岳信仰と結びついたりもしましたが、冥界において重要な役割を担うようになります。それ即ち、「十三仏参り」。いわゆる「忌日」とされる初七日から三十三回忌の間、あらゆる仏様の元を念仏を唱え冥福を祈るわけですが、最後の三十三回忌を司るのがこの虚空蔵菩薩、というわけです。13歳になった子供が男女問わず虚空蔵菩薩の元に知恵を授かりに行く「十三参り」など、結構十三という数字に関係ありますね。ちなみに「十三参り」は京都の法輪寺で行われます。密教では大日如来、阿?如来、宝生如来、無量寿如来、不空成就如来の変化した姿とされており、「五大虚空蔵」という五尊の仏に分裂します。それぞれ決まったカラーリングと守護方角が存在。

【法界虚空蔵】
中央に位置し、獅子に乗っています。色は白です。別名解脱虚空蔵。

【金剛虚空蔵】
東に位置し、像に乗っています。カラーは黄色。別名福徳虚空蔵。

【宝光虚空蔵】
南に位置し、馬に乗ります。色は青。別名能満虚空蔵。

【蓮華虚空蔵】
西に位置し、孔雀に乗ります。赤い色です。別名施願虚空蔵。

【業用虚空蔵】
北に位置し、金の鳥に乗ります。色は黒っぽい紫。別名無垢虚空蔵。

この五尊で、災いから衆生を守り、福徳を与えるのです。守ってくれて、カラーリングが豊富で。戦隊ものを連想しちゃいますね。しかも金剛虚空蔵は黄色。元々仏教はインドから来たわけですし、「カレー好き」というワードが頭に・・・。

仏教系の像様としては宝冠を被り、剣を持っているのが基本スタイル。頭に五つほど仏の頭があり、左手に先のとがった宝珠と呼ばれるものを持っていれば、それは求聞持法の本尊です。ちなみにこちら、お地蔵さまと対になる存在、とも言われます。インド時代はあまり接点なかったんですけどね。

まとめ

悟りを得ることに限らず、何かを修めるのは大変なことです。「教育」、「共育」の壮大なるバージョンが菩薩、ということなんでしょうか。ここまでストイックにせずとも、また小さなことでも学ぶことはあるかもしれないと、菩薩たちは思わせてくれます。
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