やんごとない門跡と門主たち
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日本に数ある仏教寺院、僧侶の中でも、他とは違うものがあります。それは門跡。他の寺院や僧侶とは一体何が違うのでしょうか?
門跡とは何か
「もんぜき」と読みます。元々は日本発祥の宗派の後継者を示す門葉門流が元です。つまり、寺院の住職、つまり人でした。
鎌倉時代になると国の定めた位が高い寺院、貴族や皇族と関係の深い寺院を門跡と呼ぶようになりました。
何故そうなったかと言えば、個人よりも「家」が重要視されていた時代背景と関係があります。平安時代は貴族の天下でしたが、鎌倉時代になると武士の時代となり急に貴族、皇族までもド貧乏とまではいかずとも経済的に困難な事態に陥りました。またこの時代の貴族は一夫多妻制。結婚や子供が生まれる度にお金がかかります。
そこで、跡継ぎの長男だけを残し、後はお寺にやってしまおうとなったのです。万が一長男が死んだら還俗と言って俗世に戻すのもアリ。
この時代の出家はいわば体のいい口減らしでした。経済的に困るとは言ってもある程度の財産はあり、お寺に寄進することも可能だったので、だんだんお寺の事にも口を出すようになります。
こうして、門跡と言ったら皇族や貴族の継ぐお寺を示すようになったのです。
ちなみに、門跡の住職を門主(もんす)と言います(宗派によっては門首)。元々の意味である日本発祥の宗派の後継者も門主と呼ばれていました。
鎌倉時代になると国の定めた位が高い寺院、貴族や皇族と関係の深い寺院を門跡と呼ぶようになりました。
何故そうなったかと言えば、個人よりも「家」が重要視されていた時代背景と関係があります。平安時代は貴族の天下でしたが、鎌倉時代になると武士の時代となり急に貴族、皇族までもド貧乏とまではいかずとも経済的に困難な事態に陥りました。またこの時代の貴族は一夫多妻制。結婚や子供が生まれる度にお金がかかります。
そこで、跡継ぎの長男だけを残し、後はお寺にやってしまおうとなったのです。万が一長男が死んだら還俗と言って俗世に戻すのもアリ。
この時代の出家はいわば体のいい口減らしでした。経済的に困るとは言ってもある程度の財産はあり、お寺に寄進することも可能だったので、だんだんお寺の事にも口を出すようになります。
こうして、門跡と言ったら皇族や貴族の継ぐお寺を示すようになったのです。
ちなみに、門跡の住職を門主(もんす)と言います(宗派によっては門首)。元々の意味である日本発祥の宗派の後継者も門主と呼ばれていました。
門跡の世界にもランクがある
門跡の名が正式にお寺の位格として成立したのは室町時代のこと。門跡関係の役職まで作られました。江戸時代には門跡にもランクが付くようになります。
【宮門跡】
出家をした親王が門主を務める門跡のことです。
【摂家門跡】
摂家、つまり公家のトップ5が門主を務めることを言います。この場合は必ずしも寺院を意味するわけではありません。
【准門跡】
門跡に準じた位格を持った寺院です。別名は脇門跡。
【宮門跡】
出家をした親王が門主を務める門跡のことです。
【摂家門跡】
摂家、つまり公家のトップ5が門主を務めることを言います。この場合は必ずしも寺院を意味するわけではありません。
【准門跡】
門跡に準じた位格を持った寺院です。別名は脇門跡。
世襲制の門主も存在
普通仏僧は結婚をすることができませんが、宗派によっては結婚も子孫を残すことも許されています。
中には開祖から続く世襲制の門主もいるのです。偉大なる上人の血筋を継ぐと言う意味では尊い存在と言えるでしょう。
中には開祖から続く世襲制の門主もいるのです。偉大なる上人の血筋を継ぐと言う意味では尊い存在と言えるでしょう。
こんな門跡もあります
【醍醐寺五門跡】
醍醐寺の門主を輩出した五つの寺院です。三宝院、無量寿院、金剛王院、報恩院、理性院の五つになります。
【天台宗五門跡】
天台宗関連の門跡です。皇族、貴族が住職を務めてきました。青蓮院、妙法院、毘沙門堂、曼殊院、三千院の五つです。
【五門跡】
浄土真宗の中で門跡とされる寺院です。内訳は西本願寺、東本願寺、仏光寺、興正寺、専修寺、錦織寺。一つ多いですが、錦織寺は一時浄土宗だったのが浄土真宗に戻り、門跡に加えられました。割と時代が最近(1814年)な為か、五門跡のままとなっています。
【比丘尼御所】
内親王や貴族の娘などが尼寺に入り住職を務めた寺院です。別名は尼門跡。各宗派から尼門跡が誕生しています。
醍醐寺の門主を輩出した五つの寺院です。三宝院、無量寿院、金剛王院、報恩院、理性院の五つになります。
【天台宗五門跡】
天台宗関連の門跡です。皇族、貴族が住職を務めてきました。青蓮院、妙法院、毘沙門堂、曼殊院、三千院の五つです。
【五門跡】
浄土真宗の中で門跡とされる寺院です。内訳は西本願寺、東本願寺、仏光寺、興正寺、専修寺、錦織寺。一つ多いですが、錦織寺は一時浄土宗だったのが浄土真宗に戻り、門跡に加えられました。割と時代が最近(1814年)な為か、五門跡のままとなっています。
【比丘尼御所】
内親王や貴族の娘などが尼寺に入り住職を務めた寺院です。別名は尼門跡。各宗派から尼門跡が誕生しています。
まとめ
日本で新たに生まれた宗派から、やんごとない人々まで。門跡、門主は定義を変え存在し続けてきました。
共通して言えるのは、いずれにしろ真面目に仏道に励む姿は美しく、尊いということです。
監修:えどのゆうき
日光山輪王寺の三仏堂、三十三間堂などであまたの仏像に圧倒、魅了されました。寺社仏閣は、最も身近な異界です。神仏神秘の世界が私を含め、人を惹きつけるのかもしれません。
共通して言えるのは、いずれにしろ真面目に仏道に励む姿は美しく、尊いということです。
監修:えどのゆうき
日光山輪王寺の三仏堂、三十三間堂などであまたの仏像に圧倒、魅了されました。寺社仏閣は、最も身近な異界です。神仏神秘の世界が私を含め、人を惹きつけるのかもしれません。