朝三暮四の意味・使い方
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知恵のある者が愚かな者を言葉巧みにだますことのたとえ。
目先の違いにこだわって結局同じことに気づかないこと。
目先の違いにこだわって結局同じことに気づかないこと。
由来
中国の紀元前400年ころの戦国時代、道家の思想家であった「列子」に記されていますが、事跡は不明となっていて謎が多いものとなっています。
元の話は、宋の国にいた狙公(猿使いのこと、固有名詞ではない)が猿を大事に飼っていました。狙公は猿の気持ちがわかり、猿も狙公と意思を通じていました。狙公は貧しくなってくると家族の食糧を減らしてでも猿に食糧を与えていました。
しかし本格的に狙公が貧しくなってくると、猿のエサを制限しようとします。狙公は猿たちにむかって「おまえたちにどんぐり(エサ)を与えるのに朝に三つにして夕方に四つにしたら足りるか」と言います。猿たちはエサが少ないと怒りはじめます。すると狙公は、「では、朝に四つにして夕方に三つにしたら足りるか」といいます。猿たちは大喜びしました。
ここからまず「目先の違いにこだわって、同じである(物事の本質)に気づかない」という意味が生まれました。
元の話は、宋の国にいた狙公(猿使いのこと、固有名詞ではない)が猿を大事に飼っていました。狙公は猿の気持ちがわかり、猿も狙公と意思を通じていました。狙公は貧しくなってくると家族の食糧を減らしてでも猿に食糧を与えていました。
しかし本格的に狙公が貧しくなってくると、猿のエサを制限しようとします。狙公は猿たちにむかって「おまえたちにどんぐり(エサ)を与えるのに朝に三つにして夕方に四つにしたら足りるか」と言います。猿たちはエサが少ないと怒りはじめます。すると狙公は、「では、朝に四つにして夕方に三つにしたら足りるか」といいます。猿たちは大喜びしました。
ここからまず「目先の違いにこだわって、同じである(物事の本質)に気づかない」という意味が生まれました。
意味の変遷
そして実はこの話はまだ続いています。こういった出来事は聖人(ここでは儒家などの道を体得した人)が愚かな民衆を相手に話をするのと同じことである、と続くのです。つまり狙公が名目と実質(エサの量は増えても減ってもいない)のに、猿たちを喜ばせたり怒らせたりしているのは、賢い者がそうでない者をうまく言いくるめているのと同様であるとしているのです。原文では「聖人」に対して「群愚」という表現を使い、「多くの愚か者」として騙されるひとのことを表現しています。
これは当時の中国では儒家の聖人が弁舌が巧みで、法や政治に対して意見し、民衆に論法を説いていたことを批判する道家の考え方が影響していると言われています。道家は「無為自然」であることを理想とし、人間らしさを求める考え方でした。そこからこの話は弁舌で民衆を言いくるめている儒家に対する皮肉と考えられるのです。
こういった経緯から朝三暮四は「知恵のあるものが愚かな者を言いくるめる」という意味合いをもつようになったのです。
これは当時の中国では儒家の聖人が弁舌が巧みで、法や政治に対して意見し、民衆に論法を説いていたことを批判する道家の考え方が影響していると言われています。道家は「無為自然」であることを理想とし、人間らしさを求める考え方でした。そこからこの話は弁舌で民衆を言いくるめている儒家に対する皮肉と考えられるのです。
こういった経緯から朝三暮四は「知恵のあるものが愚かな者を言いくるめる」という意味合いをもつようになったのです。
使用法、使用例
「やったぜ、すごく小遣いを上げてもらったんだ」
「それは良かったね。どれくらい上がったんだい?」
「毎日100円もらっていた小遣いが月に3000円に変わったんだ。すごく上がっただろう?」
「おいおい、結局同じくらいじゃないか。朝三暮四だな、うまく言いくるめられたんだよ」
「それは良かったね。どれくらい上がったんだい?」
「毎日100円もらっていた小遣いが月に3000円に変わったんだ。すごく上がっただろう?」
「おいおい、結局同じくらいじゃないか。朝三暮四だな、うまく言いくるめられたんだよ」