NHKでキャスターデビュー!?将棋界のジセダイを担う『中村太地』の伝説エピソード
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中村 太地(なかむら たいち)
プロフィール
1988年6月1日生まれ
東京都府中市出身
師匠 (故)米長邦雄永世棋聖
プロフィール
1988年6月1日生まれ
東京都府中市出身
師匠 (故)米長邦雄永世棋聖
みなさんは中村太地棋士のことをご存知ですか?
最近少しずつタイトル戦などで勝ち残るようになってきて、挑戦者になったこともあったので、その名前を聞いたことはある方も多いと思います。
将棋の腕はもちろん、その甘いマスクも注目されており、将棋界の将来を背負う次世代の中心と言われています。
この記事では、そんな中村太地棋士の伝説エピソードを紹介していきたいと思います。
是非読んでみてください。
最近少しずつタイトル戦などで勝ち残るようになってきて、挑戦者になったこともあったので、その名前を聞いたことはある方も多いと思います。
将棋の腕はもちろん、その甘いマスクも注目されており、将棋界の将来を背負う次世代の中心と言われています。
この記事では、そんな中村太地棋士の伝説エピソードを紹介していきたいと思います。
是非読んでみてください。
1. 史上2位の勝率を残す!?
中村太地棋士は2006年にプロ棋士になりました。
プロ棋士になったあとの数年は目立った活躍もなく、若手棋士のうちの1人という評価でした。
そんな中、中村太地の名前が一気に広まる出来事がありました。
プロ入り5年目の2011年度、勝率0.8511(40勝7敗)を記録したのです。
この記録で、第39回将棋大勝の勝率1位賞を受賞し、一気に周りの評価は高まりました。
将棋界の長い歴史の中でも、勝率8割5分を越えた棋士は中村太地棋士と中原誠棋士のたった2人しかいません。
将棋界初の7大タイトル独占を達成したあの天才羽生善治棋士でさえ、勝率8割5分を超えたことがないことからも、その記録の凄さが分かっていただけると思います。
2011年にそういった賞を受賞し、自信がついたと本人がインタビューで答えていました。
実際、その後の20012年には棋聖戦で自身初となるタイトル戦の挑戦権を獲得し、同時に6段に昇段しました。
残念ながら初タイトル奪取には至りませんでしたが、関係者の間では中村太地棋士が初タイトルをとるのにはそう時間はかからないと評価されるようになりました。
翌2013年度にも王座戦で挑戦権を獲得し、羽生善治棋士に挑みました。
第3局を終わって中村太地棋士の2勝1敗とし、タイトル獲得に王手をかけました。
そこからまさかの2連敗してしまい、またしてもタイトル奪取はなりませんでした。
その後はタイトル戦からは遠ざかっていますが、2015年には順位戦でB級2組への昇級を決め、順調に実力を伸ばしています。
プロ棋士になったあとの数年は目立った活躍もなく、若手棋士のうちの1人という評価でした。
そんな中、中村太地の名前が一気に広まる出来事がありました。
プロ入り5年目の2011年度、勝率0.8511(40勝7敗)を記録したのです。
この記録で、第39回将棋大勝の勝率1位賞を受賞し、一気に周りの評価は高まりました。
将棋界の長い歴史の中でも、勝率8割5分を越えた棋士は中村太地棋士と中原誠棋士のたった2人しかいません。
将棋界初の7大タイトル独占を達成したあの天才羽生善治棋士でさえ、勝率8割5分を超えたことがないことからも、その記録の凄さが分かっていただけると思います。
2011年にそういった賞を受賞し、自信がついたと本人がインタビューで答えていました。
実際、その後の20012年には棋聖戦で自身初となるタイトル戦の挑戦権を獲得し、同時に6段に昇段しました。
残念ながら初タイトル奪取には至りませんでしたが、関係者の間では中村太地棋士が初タイトルをとるのにはそう時間はかからないと評価されるようになりました。
翌2013年度にも王座戦で挑戦権を獲得し、羽生善治棋士に挑みました。
第3局を終わって中村太地棋士の2勝1敗とし、タイトル獲得に王手をかけました。
そこからまさかの2連敗してしまい、またしてもタイトル奪取はなりませんでした。
その後はタイトル戦からは遠ざかっていますが、2015年には順位戦でB級2組への昇級を決め、順調に実力を伸ばしています。
2. NHKでキャスターデビュー!?
中村太地棋士は2014年に将棋界では初となる、ニュース番組のレギュラーとしてキャスターを務めることになりました。
しかも、なんとNHKのニュース番組だったのです。
ご覧になった方も多いと思いますが、バラエティー色がほとんどない、本格的なニュース番組でのキャスターですから、広い視野と深い知識が要求されるポジションでした。
プロ棋士がキャスターということで不安視する声も多かったようです。
しかし、製作発表の会見で「素晴らしい機会を頂いて光栄です。伝統文化の世界に身を置きながら現代のインターネット社会に生きる若者として、精いっぱい務めさせていただきます」と中村太地棋士が淀みなく答える姿をみて、将棋ファン達はこれなら大丈夫と安心したそうです。
番組がスタートしてからも、時には鋭く分析したり、時にはユーモアを交えてコメントしたりと、長年キャスターをやっているかのような仕事ぶりで、将棋関係者だけでなく、将棋を知らない視聴者からも高い評価を得たそうです。
番組を通して他の業界の人たちと交流を持つことができ、人間としての幅が広がったことで、将棋にもいい影響があったと後のインタビューで答えていました。 また、その甘いマスクで新規の女性将棋ファンを獲得したとも言われています。
NHKとの関わりも深く、2015年には毎週日曜日の将棋番組「Eテレ将棋フォーカス」で司会を務めており、分かりやすい解説が人気になっています。
しかも、なんとNHKのニュース番組だったのです。
ご覧になった方も多いと思いますが、バラエティー色がほとんどない、本格的なニュース番組でのキャスターですから、広い視野と深い知識が要求されるポジションでした。
プロ棋士がキャスターということで不安視する声も多かったようです。
しかし、製作発表の会見で「素晴らしい機会を頂いて光栄です。伝統文化の世界に身を置きながら現代のインターネット社会に生きる若者として、精いっぱい務めさせていただきます」と中村太地棋士が淀みなく答える姿をみて、将棋ファン達はこれなら大丈夫と安心したそうです。
番組がスタートしてからも、時には鋭く分析したり、時にはユーモアを交えてコメントしたりと、長年キャスターをやっているかのような仕事ぶりで、将棋関係者だけでなく、将棋を知らない視聴者からも高い評価を得たそうです。
番組を通して他の業界の人たちと交流を持つことができ、人間としての幅が広がったことで、将棋にもいい影響があったと後のインタビューで答えていました。 また、その甘いマスクで新規の女性将棋ファンを獲得したとも言われています。
NHKとの関わりも深く、2015年には毎週日曜日の将棋番組「Eテレ将棋フォーカス」で司会を務めており、分かりやすい解説が人気になっています。
3. 実は高学歴!?
昔のプロ棋士といえば、中学を出たらすぐに師匠の家に住み込み、進学せずに奨励会に通いプロになるという人がほとんどでした。
その次の世代だと、さすがに高校だけは出ておこうということで、通信制の高校や定時制の高校を卒業してプロ棋士になるという人が増えてきました。
最近では、大学まで進学する人も増えてきて、プロ棋士の試験に合格できなかった場合の保険をかけておくことが多いそうです。
中村太地棋士もその1人で、大学を卒業しているのですが、なんと名門早稲田大学の卒業生なのです。
早稲田実業高等部から早稲田大学政治経済学部に進学し、在学中には論文コンクールで優秀な成績を収め、政治経済学術院奨学金(政経スカラシップ)を受けることができたそうです。
論文名は「無党派層の政党好感度 政策と業績評価からのアプローチ」だったそうです。
なにやら難しそうな論文名ですが、優秀な学生だったことは伺えます(笑)
2014年には首都大学東京で法学系特別講義を行い非常勤講師を務めるなど、学術の分野でも活躍されています。
いずれタイトル奪取するのは間違いないと言われ、若手棋士の中で高い評価を得ている中村太地棋士。
2013年度の王座戦挑戦を最後にしばらくタイトル戦で見ることは減ってしまいましたが、次のタイトル戦挑戦の際には是非とも初タイトル奪取してほしいですね!
その次の世代だと、さすがに高校だけは出ておこうということで、通信制の高校や定時制の高校を卒業してプロ棋士になるという人が増えてきました。
最近では、大学まで進学する人も増えてきて、プロ棋士の試験に合格できなかった場合の保険をかけておくことが多いそうです。
中村太地棋士もその1人で、大学を卒業しているのですが、なんと名門早稲田大学の卒業生なのです。
早稲田実業高等部から早稲田大学政治経済学部に進学し、在学中には論文コンクールで優秀な成績を収め、政治経済学術院奨学金(政経スカラシップ)を受けることができたそうです。
論文名は「無党派層の政党好感度 政策と業績評価からのアプローチ」だったそうです。
なにやら難しそうな論文名ですが、優秀な学生だったことは伺えます(笑)
2014年には首都大学東京で法学系特別講義を行い非常勤講師を務めるなど、学術の分野でも活躍されています。
いずれタイトル奪取するのは間違いないと言われ、若手棋士の中で高い評価を得ている中村太地棋士。
2013年度の王座戦挑戦を最後にしばらくタイトル戦で見ることは減ってしまいましたが、次のタイトル戦挑戦の際には是非とも初タイトル奪取してほしいですね!